ものとかたり1号 辰雄とイチ子
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「両親が住んでいた東京・緑が丘の家を、手離すことになった」
両親が遺したものを見ていると様々な記憶が甦ってくる。よく知っている表情、ともに過ごした時間、そして知らなかった一面も……。丁寧に一つずつ見てあげることが、亡き人との親密な語り合いとなる。
【本文より】 *版元サイトより転記
両親が住んでいた東京・緑が丘の家を、手離すことになった。母が亡くなってから、一年が経とうとしていた頃だった。
この家は、私が自立した後に建てられた。つまり、私自身はここで暮らしたことはないので、特別な思い入れはない。とはいえ、家には生前の両親の思い出がたくさん詰まっている。はじめは、家に入るのも怖かった。足を踏み入れると、見るもの全てが父と母につながるし、触れるもの全てに、父と母の日々の温もりを感じてしまうからだ。
そのほとんどを、処分しなければならない。遺されているのは、ただの“もの”だと思おうとするが簡単ではない。立派なものより、さりげなく日常に溶け込んでいるものが急に語りかけてくる。百円ショップで買ったような、ありふれたものが急に愛おしくなる。処分など、ほんとうにできるのだろうか。
引き渡しの期限が迫ってきた。父と母が遺したもの一つひとつと向き合うことにした。それは、新たなお別れと再会の時間になった。