14歳のヒロシマ: 被爆者が伝える戦争と平和のはなし
梶本 淑子
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8月6日が怖かった。
私の育った久留米では、夏休み中のこの日が出校日になっていて、かならず「平和学習」と称して、戦争の映画を見せられるのがきまりごとでした。
10歳にもならない私には、その映画はただ怖くて、恐ろしいものを見せられたというトラウマだけを育て、その前日はどきどきして夜も眠れないほど。
大人になっても、私の恐怖症は残っていたけれど、最近やっと向き合えるように。「この世界の片隅に」という本を読んで、「すずさん」を知ったら、ヒロシマという単語が怖くなくなり、戦争が日常と地続きなのだと感じるようになりました。
考えてみると、私が恐怖を感じたのは、戦争も、死も、やけども知らない子どもだったからではないかと思います。いま、現在進行形でつづく戦争を映像で見て、核攻撃という言葉が飛び交う毎日では、「知らない・見たくない」では済まされない現実がそこにあります。だから今は、怖いとは思っても「知らなくては」。
体験談を聞いたアメリカの学生から「アメリカを恨んでいますか?」の質問、日本の学生から「なぜ自分だけ逃げずに友達を助けられたのですか?」の質問に対する筆者・梶本さんの言葉は、体験者だからこそ言えるものだと感じます。「微力ではあっても、無力ではない。」という言葉とともに、ご紹介したいと思います。
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1945年8月6日、私は14歳で被爆した――いま戦争をしている人たちは「何もわかっていない」。平和な世界のために何ができるのか。ヒロシマの被爆者が伝えたい戦争と平和のはなし。
【もくじ】
はじめに――核兵器は人類の悲劇を招く
第1章 戦争ばかりの子ども時代
第2章 「広島がなくなってしまった!」――原爆投下の日
第3章 「なんであんただけが帰ってきたんか」――生き残った苦しみ
第4章 70歳で証言者に――「一生語りたくなかった」記憶を伝える
第5章 「8月6日はなんの日か知っていますか?」――平和のバトンをつないで
おわりに――どんな時も命を大切に、ひたむきに生き抜いて
付録 被爆証言を英語で読んでみよう
出版社: 河出書房新社
発行年月:2023/7/26